老眼palm

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2009年 3月のアーカイブ

応電研の取り壊し

「恩師を囲む会」で応電研の取り壊しが進んでいることを聞いた。応電研というのは、自分が所属していた研究室があった北大付属の研究所で、応用電気研究所の略。数年前に電子科学研究所と名前が変わっている。囲む会でも、取り壊しの様子などをスライドで紹介されたが、次の日に行ってみることにした。

札幌駅で荷物を預け、一旦北5条の通りを西に進んで、途中からだけど昔の通学コースに沿って歩いた。予想よりも少し寒い。農学部の南のテニスコート横から北大構内に入り、観光気分でクラーク会館、クラーク像、ポプラ並木などを寄り道した。

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ポプラ並木は数年前の台風でだいぶ木が倒れたらしい。知らなかった。復旧計画が動いて、正式に立ち入りもできるようになったようだ。

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中央食堂の横から応電研(電子研)に近づいていくと、確かにあるべきところに建物がない。3/15の時点では、左側に見える奥の棟と右の管理棟が残っていた。やっぱり取り壊ししてるんだなあ、ということを確認して、さらに奥の方に歩いていった。

工学部横から、旧教養部、低温研の横を通って、創成科学研究棟のあたりまで行き、引き返して恵迪寮、サークル会館と歩いた。応電研が取り壊されていることは事前に知っていたから、ショックは感じていないつもりだったが、懐かしい場所を久しぶりに歩いて、だいぶ感傷的な気分になった。

そもそも大学の研究室の当時の教授が、今年亡くなっていたことをK君にメールで知らせてもらったのが、今回札幌に来ることになったきっかけだ。学生時代、ろくに学校にも行かず、ダメダメな学生をやっていた。卒業研究を指導していただくことになって、M教授に出会ったことで、ようやくマトモな生活に方向転換することができて、今の自分がある。研究室のスタッフの方々、諸先輩、同期のみんなには本当に良くしてもらった。でもボンクラな自分は、そんな良い環境に甘えていたし、もう少し頑張りようがあったんじゃないか?というようなことを考えながら歩いていた。

旧教養部から地下鉄の北18条の駅に駅に出て、札幌駅まで戻った。北18条界隈も、エルムトンネルができたりで道幅も広くなり、だいぶ雰囲気が変わっている。

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今回歩いたコースはこんな感じで7km強。今の自分の体力だとこんなところだろう。写真はたくさん撮ったが、レンズに油汚れがついていて、中心部分がボケボケの写真ばかり。季節的にも色が少ない時期だ。今度いつ札幌に来れる分からないが、季節の良い時期に自転車でうろうろしてみたい。

恩師を囲む会で札幌に行く

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先週の土曜日、大学の研究室時代にお世話になった先生が大学を退官されるということで、「恩師を囲む会」に出席すべく札幌に行ってきた。

先生は、自分が大学院生で在籍していた研究室で、当時、助教授として研究に教育にバリバリ、ぶいぶいと活躍されていた。ゼミでの突っ込みが鋭いので、自分には怖い先生だったのだが、一方で先生は「良く学び、良く遊べ」を実践されていて、自分みたいなダメな学生にもちゃんと付き合ってくれていた。

出来の悪い自分が、こういう会に出るのもどうかと思ったが、懐かしい人たちに会えるだろうとの下心だけで参加させてもらったのだった。ところが事前に出席者のリストをチェックしていたのだろう、スピーチの中で先生から「老眼君、来とるかな?」と名前を呼んでいただいたのは、とても嬉しかった。

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幹事さんたちは、パーティーに引き続き2次会も企画してくれていたので、ホテルにチェックインした後、すすきのの2次会会場に向かった。外は雪になっていたので「傘をささずに歩ける冬の北海道」をやってみたのだが、3月の雪は少し湿っぽくて少し無理があった。

懐かしい人に会えるだろうとの予想は当たっていて、卒業以来初めて会う人もいた。ただ男性と女性で一人ずつ、思い出すのに時間のかかった人がいて、自分の記憶の不確かさに、少し頭の中が混乱したりもした。

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ともあれ、懐かしい話題に花が咲き、3次会と〆のラーメンまでやってしまった。3次会では地酒の「国稀」を堪能、〆のラーメンは以前もやった「信月で塩ラーメン」だ。

後から考えてみると、〆のラーメンを付き合ってくれたK君は、その日はとってもそんなことができる状態じゃないはずだった。こっちが甘えて向こうが付き合ってくれるという、いつものパターンを守ってくれて感謝している。そういえば、メール連絡が不調で、この集まりに出られない可能性もあったのをフォローしてくれたのも、彼だった。

卒業して研究室を離れて以来、それぞれ過ごしてきた日々がある。久しぶりに会って、あの頃に戻った感じで話ができるのは、単なる郷愁かもしれない。でも、今の自分のベースが出来たのがあの頃だから、すぐに戻っていけるのだ、と思う。

名古屋で電話会議

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名古屋の分室で取引先のアメリカの会社と電話会議するから、通訳してくれと頼まれて出張してきた。会議は、時差を考えて9時スタート予定。電車の都合とかで遅れるわけにもいかないし、と今回は名古屋に前泊した。通勤時間のかからない分、朝は少し早めに動いて、事務所のある金山界隈で写真を撮りながら、久しぶりの晴天の朝を楽しんだ。ここは季節になれば桜が美しいそうだ。

8時ちょい過ぎに事務所について、少し打ち合わせしてから電話するか、と思ったら先方からメール。もうこっちは夏時間になったんで、1時間早いよーん、とのこと。あぁ、そういえば朝のニュースでそんなこと言ってたかもしれない、と思って慌てて電話かけた。

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それにしても、アメリカの会社の連中って電話会議好きだよなあ。これまでも何度か電話会議することがあったが、営業の専用電話を会議室ごと借りたり、内線電話の機能で複数の電話機を使ったりで不便だった。最近、隣の部の人が電話会議用の器械を買って、音が良くてずいぶん聞きやすくなったという話を聞いたので、同じものを名古屋でも買ってもらっていた。それが写真のもの。普通の電話機のハンドセットのところのケーブルをすげ替えて使えば良いので、専用の回線とかも必要なくて良い。

こいつのおかげでクリアーな音質で会議できたが、通訳の出来としては良くない。業務内容を知っているのと、英語が少しできるのとで、いつもの通り勢いだけで会議を進めてしまった。まあ専門の通訳ってわけでもないし、出きることをやるしかない。英語の能力自体、少し低下しているのは例によって痛感。しかし何だかんだいって2時間近くもやってたので、終わったときは放心状態だ。

会議の結果、連中が2週間位先に来日することになった。また外人の相手するのかと思うと少々気が重いが、同じステップの毎日じゃ生きてることさえ忘れちゃうので、気分転換にはなるだろう。

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おまけ:写真はホテルでWX340KとPalm z22を持参のPCのUSB端子から充電しているところ。NOTE-PCを持ってなかったころは、携帯用とかに充電器(AC式や乾電池式)を持ち歩いていたが、最近はPCで済ますことが多い。PCを持ち歩くのは重くて鬱陶しいが。

3月の雪

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ここしばらく肌寒い日が続いていたが、ついに雪だ。雪を見るのは今シーズン初。

会社の帰り道、伊勢角のあたりで写真を撮ってみた。フラッシュを焚いて撮ってみたが、雪がゴミのように光って写ってしまうのは誤算。もう少しフラッシュを弱く焚くとかすればいいのかな?寒いのであんまり工夫する気にならなかったが。

3月の雪なんて珍しいなあ、と思ったが、北海道だとどうだったろうか。パッと思いつかないのは、北海道を離れてだいぶ経つからだろう。3月の中旬に私用で北海道に行くが、穏やかな天気であってほしい。