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応電研の取り壊し

「恩師を囲む会」で応電研の取り壊しが進んでいることを聞いた。応電研というのは、自分が所属していた研究室があった北大付属の研究所で、応用電気研究所の略。数年前に電子科学研究所と名前が変わっている。囲む会でも、取り壊しの様子などをスライドで紹介されたが、次の日に行ってみることにした。

札幌駅で荷物を預け、一旦北5条の通りを西に進んで、途中からだけど昔の通学コースに沿って歩いた。予想よりも少し寒い。農学部の南のテニスコート横から北大構内に入り、観光気分でクラーク会館、クラーク像、ポプラ並木などを寄り道した。

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ポプラ並木は数年前の台風でだいぶ木が倒れたらしい。知らなかった。復旧計画が動いて、正式に立ち入りもできるようになったようだ。

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中央食堂の横から応電研(電子研)に近づいていくと、確かにあるべきところに建物がない。3/15の時点では、左側に見える奥の棟と右の管理棟が残っていた。やっぱり取り壊ししてるんだなあ、ということを確認して、さらに奥の方に歩いていった。

工学部横から、旧教養部、低温研の横を通って、創成科学研究棟のあたりまで行き、引き返して恵迪寮、サークル会館と歩いた。応電研が取り壊されていることは事前に知っていたから、ショックは感じていないつもりだったが、懐かしい場所を久しぶりに歩いて、だいぶ感傷的な気分になった。

そもそも大学の研究室の当時の教授が、今年亡くなっていたことをK君にメールで知らせてもらったのが、今回札幌に来ることになったきっかけだ。学生時代、ろくに学校にも行かず、ダメダメな学生をやっていた。卒業研究を指導していただくことになって、M教授に出会ったことで、ようやくマトモな生活に方向転換することができて、今の自分がある。研究室のスタッフの方々、諸先輩、同期のみんなには本当に良くしてもらった。でもボンクラな自分は、そんな良い環境に甘えていたし、もう少し頑張りようがあったんじゃないか?というようなことを考えながら歩いていた。

旧教養部から地下鉄の北18条の駅に駅に出て、札幌駅まで戻った。北18条界隈も、エルムトンネルができたりで道幅も広くなり、だいぶ雰囲気が変わっている。

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今回歩いたコースはこんな感じで7km強。今の自分の体力だとこんなところだろう。写真はたくさん撮ったが、レンズに油汚れがついていて、中心部分がボケボケの写真ばかり。季節的にも色が少ない時期だ。今度いつ札幌に来れる分からないが、季節の良い時期に自転車でうろうろしてみたい。

恩師を囲む会で札幌に行く

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先週の土曜日、大学の研究室時代にお世話になった先生が大学を退官されるということで、「恩師を囲む会」に出席すべく札幌に行ってきた。

先生は、自分が大学院生で在籍していた研究室で、当時、助教授として研究に教育にバリバリ、ぶいぶいと活躍されていた。ゼミでの突っ込みが鋭いので、自分には怖い先生だったのだが、一方で先生は「良く学び、良く遊べ」を実践されていて、自分みたいなダメな学生にもちゃんと付き合ってくれていた。

出来の悪い自分が、こういう会に出るのもどうかと思ったが、懐かしい人たちに会えるだろうとの下心だけで参加させてもらったのだった。ところが事前に出席者のリストをチェックしていたのだろう、スピーチの中で先生から「老眼君、来とるかな?」と名前を呼んでいただいたのは、とても嬉しかった。

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幹事さんたちは、パーティーに引き続き2次会も企画してくれていたので、ホテルにチェックインした後、すすきのの2次会会場に向かった。外は雪になっていたので「傘をささずに歩ける冬の北海道」をやってみたのだが、3月の雪は少し湿っぽくて少し無理があった。

懐かしい人に会えるだろうとの予想は当たっていて、卒業以来初めて会う人もいた。ただ男性と女性で一人ずつ、思い出すのに時間のかかった人がいて、自分の記憶の不確かさに、少し頭の中が混乱したりもした。

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ともあれ、懐かしい話題に花が咲き、3次会と〆のラーメンまでやってしまった。3次会では地酒の「国稀」を堪能、〆のラーメンは以前もやった「信月で塩ラーメン」だ。

後から考えてみると、〆のラーメンを付き合ってくれたK君は、その日はとってもそんなことができる状態じゃないはずだった。こっちが甘えて向こうが付き合ってくれるという、いつものパターンを守ってくれて感謝している。そういえば、メール連絡が不調で、この集まりに出られない可能性もあったのをフォローしてくれたのも、彼だった。

卒業して研究室を離れて以来、それぞれ過ごしてきた日々がある。久しぶりに会って、あの頃に戻った感じで話ができるのは、単なる郷愁かもしれない。でも、今の自分のベースが出来たのがあの頃だから、すぐに戻っていけるのだ、と思う。

居酒屋 北海道

金曜日、夕方所用で会社の人間2名と外出し、終了後その辺で一杯やってきた。行ったのは「北海道」という居酒屋。ザンギ、ホッケ、ルイベ、ちゃんちゃん焼きなど、それらしいメニューだ。ホッケは今ひとつだったし、他もそれなりというところだろうか。

20080224-izakayahokkaido.jpg その店、各テーブルに写真のようなタッチパネル付き液晶端末がある。最初は良く分からなかったのだが、どうもこれで注文できるらしい。ものは試しでやってみたが、忘れた頃に注文が来るという感じ。実際のレスポンスはそう変わらないのだろうが、店員に口で伝えた方が「注文した」って感じがするので、以降はもっぱら普通に注文。なんとなく無駄な設備のように思える。

ところで、先日ちびた氏から頂いたコメントに「北海道でこの時期に生まれたんだから、さぞかし寒さに強い子だったのでしょうね」とあった。確かに小さい頃は外で雪まみれになって遊んでいたものだったが、大きくなるにつれ堕落した。なにしろ冬の北海道の屋内は暖かいので、ぬくぬく過ごせてしまうのだ。

昔は家のたてつけが悪くて、ストーブがんがん焚かないと寒くていられなかった。それが断熱材の普及などで家の保温性が良くなっても、がんがん焚く習慣が残り、冬の北海道の屋内は暖かい、という筋書きだ。自分には風が吹き付ける関東の冬の方が、雪が積もる北海道の冬よりも寒く思えるのは、北海道の家の中は暖かいから、というのがあるのだろう。

北海道は涼しかった

北海道は涼しかったというか、寒かったというか。8/16〜18の2泊3日だったが、会う人会う人、ことごとく「昨日来てたら暑くて大変だったよ」とのこと。調べると札幌あたりもずっと34〜5℃あったらしい。涼しい中、美味いものをたらふく食ってきた。

北海道新聞やら地元のローカルTVニュースでは連日石谷製菓問題が大きく報道されていた。(そういえばNHKのローカルニュース枠で、地元に戻った森田美由紀アナを久々に見てしまった。)北海道新聞には「白い恋人」が撤去されてがらんとした陳列棚の写真が出ていたが、千歳空港の売店はそんな空き地を放置してあるわけもなく、別のお菓子類で埋めつくされていた。

doubleramen.jpg実家近くのスーパーでダブルラーメンを見掛け、懐かしくてパチリ。北海道限定商品ではあるが、単に2食入った袋ラーメンということで味に特徴があるわけでもなく、単に懐かしいだけ。カミさんは同じく北海道ほぼ限定商品の「S&B香港焼きそば」を見付け、箱で購入し柏に送っていた。(俺はあまり好きじゃないんだが…)

柏も暑さの峠を越えたのか、昨日は涼しくて良い塩梅だった。明日から会社かと思うとひたすら気が重い。

暑い

toohot20080815.jpg今日午後、寝室のエアコンをしばらく止めていたら39℃になっていた。暑い。

明日から北海道の実家へ2泊3日で。天気予報では向こうもそんなに涼しくないようだが。

佐々木譲「笑う警官」

佐々木譲「笑う警官」を読んだ。先週の週末をつぶして行われた会社セミナーの帰りに船橋の東武線の書店で買った。文庫本一冊読むのに3、4日かかったことになる。自分にしては大変珍しいケースだ。

読むのに時間がかかったのは、導入部分で登場人物の把握がなかなかできず、少し出だしのノリが悪かったせいもあるのだろう。途中、別の人間を犯人として進むあたりがまだるっこしい印象もあったが、最終的には収束に向かってきちんとストーリーが走り出す。最後のだまし合い、その少し前の真犯人と佐伯の対峙あたりが面白く、楽しく読み終えることができた。

北海道が舞台で札幌の地理もばりばり出てくる。出身地だが、ほとんど覚えていない。地図片手に読むのも一興かも。

どこかで聞いた作者名だなと思ってはいたが、「疾駆する夢(上)、(下)」の作者だった。(読み終わるまで思い出さなかった。)こちらは架空の自動車メーカーのオーナーの一代記。ルマン挑戦、マスキー法、アメリカ進出など実際にいろんなメーカーで起こった話をベースにうまくまとめてある。大変好きな小説だが、特にこの作者を追いかけることはしていなかった。「笑う警官」を読んだのも、単に本屋に平積みになっていたからたまたま手に取った。(最近こんなのばかりだ。)他にも警察ものを書いているみたいなので他のものを読むチャンスもあるだろう。

すすきので〆のラーメン@信月

070531_0003001.jpg 070531_0022001.jpg 昨日は札幌出張。会社の偉い人と付き合い酒飲んで、〆のラーメンを信月という店で食べた。飲んでラーメン食べるなんて、ほとんどやったことがないのだが、あっさり塩味でつるつるっと楽しめた。全体に熱いのも好感。

同行の人の一人は「うむ、もう一味足りないような…」と呟いていたが、きっとこのラーメンはその足りなさを楽しむものなのかも。

北海道出身で札幌で学生してたというと、何かうまいラーメン屋は?と聞かれるが、特にない。昔は味なんてどうでも良くて食えれば良いと思ってたというのもあるが、北海道の地方で育った者としては、そもそも「サッポロラーメン」自体が変わったラーメンなのだ。地元のラーメンはどちらかというと喜多方ラーメンのような感じ。鶏ガラスープの醤油味が基本。初めて「サッポロラーメン」を食べたときは、麺は黄色いし、ちぢれてるし、変なモヤシ炒めが乗っかった味噌味のラーメンで、不思議なモノだなあ、と思った位なのだ。

学生時代はよく東映に映画観に行ってたりしたので、そこにあった「糸末」は結構好きだったけど。あ、それと在学中に味が落ちたが、北大中食2Fのラーメンも良かった。

ホッケの開き

北海道に住んでいたときは、ホッケは居酒屋メニューの定番で、これさえあれば大丈夫というとても頼もしい奴だった。(ホッケとザンギを頼んでおけばまちがいない。) 最近では内地でもまともなホッケにありつけるようになったのだが(北海道の人間は本州のことを内地と呼ぶのだ。ちなみに仙台では東京のことを「中央」と呼ぶ。)、最近気になることがある。

ホッケの開きは、片側に骨が付き、片側には骨がない状態になるはずだ。ところが最近、両側に骨が少しずつ残る、メリハリのないホッケにしか出会えない。機械でカットしているせいなのか、本来の仕上りを知らない外国で加工しているのか、内地に来るホッケはこういう人をバカにした加工をされているのか、貧乏だからちゃんとしたホッケを買えないのか?

骨が付いた側は、骨を外して骨に付いた薄い身がカリカリに焼けているのを、歯でガシガシっとかじってペロペロっと外して食べるのが楽しい。(飲みに行って複数の人間でホッケを食するときは、この部分を誰が取るかを気をつかうべし。)

一方、骨の付かない側は、熱が身に伝わるのを骨に妨げられることがないためバランスの良い焼き上がりになる。

どちらもうまいので、好みの問題になるのだけど、骨が重要な役割を持っているのだ。で、骨の真ん中で切って開いてしまうと両方共同じ焼き加減になってしまい、メリハリがなく味のおもしろみがなくなってしまうということは理解していただけることと思う。

(…こんなこと考えたのは今日の夕飯のホッケを焦がしてしまったからだ。たとえ焦がしてしまっても骨がしっかり付いた側は、骨さえ外せば救済できたのではないか?ところが今日のホッケは、骨の真ん中で切って開いてあったので骨が外れにくくダメだった。)

味の強い人参を楽しむ

この頃、夕食なんぞで出てくる人参の味が強い。なんと表現してよいのか分からないが、昔はこんな味だった。私にとっては非常に懐かしい味だが、人によっては臭いとかいうだろうな、という味。

この人参、どうしたのかカミさんに聞くと、北海道の実家から庭で取れた野菜を送ってきたとのこと。なるほど、納得。

トマトとか人参とかこんな味だったよなあ。今でもそういう強い味の野菜を味わえたことをうれしく思う。

そういえばアメリカに駐在していた時、普通にスーパーでトマトとか買うと、そういう昔ながらの強い味だった。そういうのが好きだから勝手に感激していたんだが、他の日本人駐在員にはすこぶる評判が悪かった。やれやれ、本物の味を知らない奴らが日本の野菜の味をダメにしてるんだな、とか勝手に考えていた。アメリカは素材に関しては意外とまともなのかも、とかって。

私の舌が鈍感だから、こういう強い味でないとダメなのかもしれないけど、ともかく桃太郎とかいうトマトは嫌いです。

高校の同窓会案内

数日前に高校の同窓会の案内が来ていた。

10月の連休だけど、北海道まで行くのは大変。幹事さんからわざわざemailでも案内をもらっていたので、「全員に返信」って奴で返事を書いたら、 CC:のうちの一人が返事をくれた。曰く、○×君は出世してるらしいぜ、などの四方山話の末尾に、「自分は閑職になり定時に帰る毎日」だとか。

えー、自分も期待のプロジェクト失敗して実は今蟄居の身なのです、でも小さい会社だから雑用多くてなかなか帰れないんですわ、、、

とは言えなかったんだよなあ、emailでは。

で、今週も「黒い太陽」を見てしまった。やっぱ酒井若菜いいなあ。 来週最終回なのか。